今回は、私たちが研修をデザインするにあたってポイントの一つとなる「スキル」と「コンピテンシー」についてお話をしたいと思います。

人材育成の界隈では最近耳にする機会も増えてきましたが、実はあんまり意味や違いを分かっていない、という方も少なくないのではないでしょうか。

言葉の意味

それぞれの一般的な意味を、辞書で引いてみました。英和辞書Wisdomからの引用です。

Skill                     :技術, 技能

Competency        :~における能力, 力量, 適性

技術と能力…これだとイマイチ違いがピンと来ませんよね。スキルは日本にも定着して久しい言葉と概念ですから、上記の技術, 技能といった意味合いを、翻訳せずそのまま理解できる方が大半かと思います。しかし、コンピテンシーは?ここは言葉の登場した背景から探ってみましょう。

コンピテンシーという言葉自体は、1950年代から心理学用語として存在していたようですが、人事用語として認識されるようになったのは1970年代から。米ハーバード大の心理学者マクレランド教授が、国務省からの依頼で、学歴や知能程度が同等の外交官に業績の差が出るのはなぜかを研究し、発表した内容が基になっています。「学歴や知能は業績の差とさほど相関しない、高い成果をあげる者には共通した行動特性がある」というのが大まかな内容です。

ここから、コンピテンシーとは「高い成果につながる行動特性」として広く知られるようになりました。

なんとなくでも概念はおわかりいただけたでしょうか?ざっくりまとめると

スキル                  = 道具(ツール)

コンピテンシー    = 道具を使うその人自身(の行動)

と言ってもよいでしょう。

ではこれを踏まえて、この二つの概念がどんな形で人材育成に活かされているのかといった視点から、もう少し見ていきましょう。

コンピテンシーという概念

例えば、TOEICのスコアは700点以上あるのに全く英語が話せない人がいたとします。私たちがこの人から「英語が話せないんです」と相談を受けたとしたら、まず行うことは原因の究明です。TOEICで700点以上取れているのであれば、基礎的な知識は十分にあります。それなのに話せない原因はどこにあるのか。原因を探るためにヒアリングや各種テストなどを行い、「スキル」と「コンピテンシー」の二つの側面からアプローチしたソリューションを提案します。

例えば原因が、「相手が何を言っているのか聞き取れない」という、リスニング力の不足だとします。この場合のスキル面からのアプローチは、音読演習を繰り返し自分が発音できる音を増やす、という方法が提案できます。自分が発音できる音は聞き取れる、ということは脳科学的にも証明されており、スキルを上げて聞き取れない音を減らしていこうというアプローチです。

では、コンピテンシーの面からアプローチするとどうでしょう。

・もう一度訊き返す

・それでも聞き取れなければ、ゆっくり話してもらうよう依頼する

といった「行動」です。この行動特性を実践出来ていないのであれば、それはなぜか。

例えば上記の人は、聞き取れない時になぜ「もう少しゆっくり話してください」とお願いできないのでしょう?英語が苦手だと思われたくなかったから?スキルの足りていない自分を受け入れられなかったから?それともほんの少しの勇気が足りなかったから?きっと答えはご本人の心の中にありますが、ご自分ではそれに気づかれていないかもしれません。

必要な行動特性と実際のご自分の行動との間の隔たりについて一緒に考え、コーチングを通してご自分でその答えに辿り着くような機会を持つことで、行動は大きく変わるかもしれません。

基本的にネイティブは早口です。第2言語として英語を学んでいる人は、どんなに頑張っても聞き取り切れないことがあるでしょう。でも翻って考えてみると、日本人同士でも早口で何を言っているか分かりづらい人はいませんか?そんな時、皆さんはどうするでしょうか。「すみません、今なんとおっしゃいました?」と聞き返すのは失礼なことではないですよね。外国人に対しても同じです。どんなスピードでも聞き取れることを目指し、スキルを磨くことはもちろん大切です。しかし、実際のビジネスの場で、スキルの不足を突き付けられるような場面に遭遇してしまった時、諦めてしまってはそこで試合終了です。「どんな状況でも、どんな人とでもコミュニケーションを成立させる」気構えを持つことも、同じくらい重要なことだと思います。

改めて、コンピテンシーとは

繰り返しになりますが、コンピテンシーとは「高い成果につながる行動特性」です。スキルが道具なら、その道具を使いこなす心構えも同じくらい大事です。しかし、ひとの心構えを分析・評価することは難しい。それであれば、高い成果を出せる人の心構えに近づけるため、その行動を分析し、それに自分の行動を寄せていく、これが人材育成におけるコンピテンシーの強化です。

概念の成立した背景はまるで違うものの、ひょっとすると武道の「型」と考え方が近いかもしれません。その道を極めた人の技術、理論、精神性など、初級者がいきなり全てを学ぶにはあまりに壁が高すぎます。そこで熟達者の行動を「型」として学び、まずはその模倣から始める。スキルが上がるにつれて、その型の意味に少しずつ気づいていく…日本古来の人材育成術とも共通項がありそうですね。

スキルとコンピテンシーについて、私の解釈も交えていろいろとお話をさせていただきましたが、おわかりいただけたでしょうか?

私も日本語を愛する日本人として、カタカナの単語があまりに多いと違和感を覚えることも正直あるのですが、無理に漢字で置き換えてしまうと逆に意味が取りづらかったり、本来の概念やニュアンスを掬い取れなくなったりすることもしばしば…新しい概念を新しい言葉と共にそのまま受け入れてしまえるのも、日本の良いところですよね。

コンピテンシーも新たな概念として、日本の、そして世界の人材育成に積極的に活用されています。