前回の内容に続いて、実際にこれまで弊社で行った『デザイン思考』研修の一つをご紹介したいと思います。

イノベーションを必要とされていたある企業のクライアントを、米・スタンフォード大学とシリコンバレーにお連れし、海外研修にプログラムの一つとして組み込みました。(※コロナ禍以前の事例となります)

参加者は若手リーダー候補の10名。研究者、営業、エンジニア等、各々が会社の将来を期待された方々でした。スタンフォード大学を訪れ、キャンパス内に講師を招き、2日間にわたる研修を行いました。

講師から出されたテーマは、“オリジナルの椅子を作ろう”というシンプルなもの。教室には、折り紙や紐、輪ゴムなどの簡易的な工作素材がたくさん積み重ねて置かれていました。2人一組のペアに分かれてキャンパス内の学生にインタビューを行い、その学生に必要な椅子を、工作素材を使って作るというワークショップでした。複数の学生に声をかけつつも、最終的にはただ1人に絞り、その人にとっての理想の椅子を作ることがミッションです。英語に自信がない方も、人見知りの方も、緊張と不安を抱えながら覚悟を決めて声をかけていきます。

1st Step:コミュニケーション・共感

対象者に何が必要なのかを知るには、相手に深く「共感」することが大切です。自分でない誰かの気持ちに共感するには、相手の価値観や生活スタイル等を知り、自分に落とし込んでイメージを膨らませられるかがカギとなります。この研修では、実際に対象者に対して直接話を聞くことができたので、相手の一日の過ごし方や趣味、好きなこと等を尋ね、「わかります、自分が学生の時は・・・」などと、自分の話も混ぜながら対話を重ね、相手の気持ちに近づいていくことができたようです。街頭アンケートのような一方的な質問形式では、質問に対する答えしか得られないことが多く情報の広がりは見込みにくいですが、インタラクティブなコミュニケーションということがポイントとなりました。

2nd Step:問題を定義する

相手の理想とする椅子をイメージする為に、学生にキャンパス内のベンチに座ってもらい、「この人が困っていること」、「どうすればハッピーになるのか」、「どんな椅子が良いのだろう?価値があるのだろう?」と、多くの問いを重ねて観察しながら、コアとなる問題を見つけ出します。問題といっても専門的なものではなく、何に困っているのかという極めてシンプルな部分に焦点を当てていきます。

3rd Step:アイディア出し

さあ、だんだんと問題が特定でき始めた様子です。収集した情報を用いながらどんどんアイディアを出していきます。ここで講師から「問題を定義しても、この段階では現実的に何ができるのか?という思考に捉われてはいけないよ、たとえクレイジーなアイディアでもいいから、どんどんアイディアを膨らませていくことが大事だよ」と発破をかけてゆきます。一般的な傾向として、「現実には当社の技術では無理」というように、技術的な制限や先入観に捉われて可能性の幅を初期の段階から狭めてしまうことが多くあります。しかしデザイン思考では、アイディアを出す段階で思考を制限しないことがとても重要であり、とにかく思いつくままにたくさんのアイディアを自由に出すことが求められます。参加者の皆さんも徐々に感覚がわかってきたようで、頭の中をまっさらにして非現実的に思えるようなアイディアも気にせず出していました。

4th Step:プロトタイピング(試作品作り)

イメージが出てきたところで、教室に戻って試作品を作り始めます。材料は折り紙や紐、輪ゴムなどの簡単な工作素材です。講師からは、「最初から完璧な状態のモノを差し出す必要はありません」と声がかかります。3rd Stepで思考に制限を設けなかった分、見たこともないユニークなビジュアルの椅子ばかりがどんどん作られていきました。現実的に実現できそうなことだけを考えていたら、まず浮かばないようなものばかりが生まれていることは確かでした。

5th Step:検証

さあ、世界に1つしかない椅子の試作品ができました。ただ、創作した椅子が相手に本当に喜んでもらえるのかはまだわかりません。その答えを持っているのは、最終的なユーザーであるインタビューした学生で、自己満足の代物であってはいけません。講師からは、この検証ステージではなるべく早い段階で、試作品に対する相手からの意見や感想を聞き出すことが重要であると伝えられました。それぞれのペアが学生に対してプレゼンを行い、実際に座ることはできずとも、もしもこれが存在したらというイメージをしてもらってその椅子の価値を感じてもらいます。

学生からは、「今まで自分の理想の椅子なんて考えたこともなかったけど、なるほど、こういう椅子なら欲しいね」、「1万ドル払ってもいいよ、こんな椅子が本当にあったら」などという意見もあがりました。

今回のような、“椅子を作る”というシンプルなテーマでも、デザイン思考の意義は実感できるのだと、傍らで見学していて感じました。また、このようなインタラクティブなインタビューがオープンにでき、さらにイノベーションの震源地であるシリコンバレーにあるスタンフォード大学でそれを体験できたことは、何より有益だったと思います。

余談ですが、この翌日に彼らはシリコンバレーの有名企業(例:Google等)を数社訪問し、実際のビジネス現場で働く方々と「イノベーションが生まれるためには?」というテーマで対談を経験しました。さらに帰国後は、自社の中で新規事業についてのプレゼンを行い、この思考をベースにすぐに実践する機会に恵まれたことは、一生の財産となる経験になったのではないかと思います。

いかがでしたでしょうか。今はコロナ禍で、様々な制限の中先行きの不安な状態が続いていますが、そんな時こそ、世の中が明るくなるようなイノベーションが求められているように思います。現実的なことのみにとらわれず、制限のない状態でアプローチする『デザイン思考』という考え方は、企業に限らず我々一人ひとりにも有益な思考法なのではないかと思います。

☆『デザイン思考』については、以下の記事もぜひご覧ください☆